テレビ説教師の国、アメリカ

現代アメリカの宗教事情を考えるときに誰もが真っ先に思いつくのがテレビ説教師の果たす役割です。 有名な「ゴスペルアワー」をはじめアメリカのテレビネットワークには何人ものテレビ説教師が登場しております。 彼らはおもに原理主義者あるいは福音主義者と呼ばれるグループに属していると見なされていますが、 彼ら自身は既存の宗派には属さず事実上の教祖様として自分達の教団を率いているのです。

わかりやすく言えばキリスト教系の新興宗教団体がテレビネットワークを使って大々的な宣伝をしているということになります。 しかしながら、テレビの前の人々の心を動かすことができなければ彼らテレビ説教師も短期間の間にテレビから消え去ってしまったはずです。 では彼らのどのような説教が人々の心を動かしていったのでしょうか。 その答えを知るためのヒントはやはりアメリカの歴史の中に隠されているのです。

アメリカ合衆国の地に最初に定住したヨーロッパ人はピューリタンの人々でした。 イギリスがイギリス国教会を国の宗教として宗教の統一をはかった時、 一部のピューリタンの人々は弾圧を避けて新天地アメリカへ渡ったのでした。

彼らは清教徒と訳されるように清貧を旨とするかなり厳格でかつ心やさしいキリスト教徒でした。 彼らは今のアメリカとカナダの東海岸に入植し、開拓民としての農業生活を送っていました。

その後、毛皮商人や本国を追われた犯罪者などがアメリカへ渡ってきました。 彼らはピューリタンの人々とは正反対の金や酒、女といった欲望に弱く、 自分の利益のためなら弱い者いじめを平気でするような連中でした。

さらにゴールドラッシュの時代になると金の輝きに目のくらんだ彼らの後輩たちは、 金の鉱脈を求めて東海岸から西へ西へと移動し、 アメリカインディアンの土地を侵略していきました。

一方、ヨーロッパ大陸からはピューリタン以外にもプロテスタントとカトリックの宗教対立に嫌気のさしたいろいろな宗派の人たちが 新天地アメリカへ渡ってきました。 彼らの中には東海岸に留まらず、 中南部へ行って農場を開いたり、牛の放牧をはじめた人たちもいました。

しかしながら、アフリカからの黒人奴隷を大量に使用した大農場主の多くは彼ら心やさしいキリスト教徒ではなくて、 欲に目がくらんでアメリカにやってきて定住した人たちでした。

このようにアメリカ合衆国には全く宗旨の違う2つの「人種」がヨーロッパからやって来たのです。 一方、アメリカの政治は南北戦争以来、おもに東海岸を地盤として工業化を推進し中央政府の企業への介入をできる限り抑制しようという共和党と、 南部を地盤として農業を保護し中央政府による福祉や基盤整備を充実させようという民主党の2大政党によって展開されてきました。

しかし、気をつけなければならないのは先程述べた2つの「人種」が共和党と民主党に分かれて争っているわけではないことです。 共和党においても民主党においてもその実権を握っているのは「利益を求める人たち」であって、 「清貧を旨とするキリスト教徒」ではないのです。 清貧を旨とする人たちはその志のゆえに産業界に重きをなすことはできず、 従って金のかかるアメリカの政治の実権を握ることはできないのです。

ところが、アメリカにはいまだに多くのキリスト教を第1とする人たちが住んでおられます。 ということは選挙においては彼らの票を無視することはできないのということなのです。 南北戦争の時に共和党のリンカーン大統領が奴隷解放を実行したのも、 結局は彼らの支持を得たかったからに他なりません。

自分たち工業資本家には痛みがなくて南部の大農場主に大打撃を与え、 そして多くの善良なアメリカ人に共和党の正当性をアピールする非常に効果的な政策でした。

第2次世界大戦後、アメリカは世界一の金持ち国に、 そして世界最大の軍事大国になりましたが、 それでもアメリカの持つ二面性は解消されることはありませんでした。

J.F.ケネディは強き国アメリカの中に存在する貧しく虐げられている人々を救うために強力な福祉政策を推進しました。 これにはプロテスタントの中の多くのグループがもろ手をあげて賛成し、 彼の政策を側面から支援しました。

彼らの主張は自由こそもっとも大事なものであり、 その自由な社会を維持、発展させていくためには強者は弱者を救済しなければならないというものでした。 この主張はリベラリズムと呼ばれ1960年代のアメリカをリードしていきます。

しかしながら、ケネディ大統領はアメリカのベトナム戦争への積極的な介入を決定した大統領でもあります。 建て前上では神を冒涜し人々を悪に導く共産主義者の悪の手からベトナムを救うことになっていましたが、 実際には戦争による利益を期待した軍需産業からの圧力に屈した結果でした。

ケネディは暗殺されましたが、彼の政策は彼の後継者に引き継がれていきました。 そして、福祉予算の拡大による財政赤字の急増、ベトナム戦争の敗退による国際的な威信低下、 ベトナム帰還兵が持ち込んだ麻薬による治安の悪化、 そして西ドイツや日本などの急速な経済発展による貿易赤字の急増という負の遺産が後輩たちに残されたのです。

これに対する反動が原理主義や福音主義といわれる運動であり、 その運動の最前線に立っているのが最初にお話ししたテレビ説教師たちなのです。

彼らの基本的な主張は一言で言えば「聖書に帰れ」ということです。 モーセの十戒には「人を殺すな」とありますし、 福音書にも「あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい」とあります。

従って、本当のキリスト教徒ならベトナム戦争を始めるわけはないのです。 アメリカは豊かになりすぎて神の教えからはずれてしまった、 というのが彼らの認識です。 それをピルグリム・ファーザーズの頃のアメリカに戻さなければならないと彼らは考え、 聖書の記述に合わない思想や学問をマスメディアを通じて攻撃しているのです。

彼らの攻撃は具体的にはダーウィンの進化論と人工中絶に向けられました。 ダーウィンの進化論は創世記の記述と矛盾するから間違っている、 人工中絶は性的な堕落を助長するからいけないという論理です。

アメリカや日本では安易な人工中絶が広範に行なわれていることは事実です。 しかし、人工中絶を禁止することによって性的な堕落を防止できるのかは議論の分かれるところでしょう。 ましてや、進化という科学的に完全に確認された事実を認めないというのは狂信者の理論と言わざるをえません。

けれども、彼らに支持されたカーター、レーガン、ブッシュの3人は相次いで大統領となり、 原理主義や福音主義はリベラリズムに打ち勝ったかのように見えました。 そしてホワイトハウスは一時、麻薬撲滅や中絶禁止といった自由を制限し、 堕落を防止するための政策を実行しようとしていきます。

一方、プロテスタントやカトリックに属する教会の信者がこの時期に大幅に増加していきました。 このようにテレビ説教師たちは政治的にも布教面でも大成功をおさめたのです。 この背景にはリベラリズムへの幻滅とともに心の豊かさを失ってしまった富めるアメリカ人の悩みがあるのでしょう。 彼らはテレビ説教師の説く説教に耳を傾け、彼らの言葉の中に自分たちを癒してくれる心の糧を見いだしたのです。 それは企業家やリベラリストたちが与えてくれなかったものです。

しかしながら、神の国は実現しませんでした。 たしかに、アメリカの強引な政策はソビエト社会主義連邦共和国を崩壊させ、 東ヨーロッパの多くの共産主義政権はその幕を閉じました。

けれども、財政再建のための福祉切り捨てによって街にはホームレスがあふれています。 それにもかかわらずいまだに財政赤字は解消されていません。 経済的にもアメリカの優位は崩れ、世界経済の中心は東アジア地域に移りつつあります。

そのため失業者が急増し中南米やアジアからの不法移民の増加とともに治安の一層の悪化の原因となっています。 さらに、レーガン、ブッシュの共和党政権は強いアメリカを世界にアピールするためにリビア、パナマ、クウェートと大規模な軍事行動を続けました。 これらの事実は一部のテレビ説教師の不祥事とともに福音主義と彼らに支援された共和党政権への疑問となって人々の心の中に刻みこまれていきます。

そもそも元CIA長官コンビのレーガン、ブッシュ両氏に真の宗教政策を期待する方がおかしいのではないでしょうか。

そして、1993年1月、クリントン、ゴアの若手コンビに率いられた民主党政権が誕生しました。 彼らはホモセクシュアルの人々の軍隊への入隊を求めたり、ボスニア・ヘルチェゴビナのイスラム教徒地区への輸送機による食糧投下に見られるように、 リベラリスト的な色彩を持っております。

しかし、大統領選挙でぺロー氏が高得票をあげたようにリベラリズムにも福音主義にも幻滅した多くの悩めるアメリカ人は次の何かを求めているように思われます。 しかし、次には何が来るのでしょうか。 そして、それはアメリカと世界にどのような影響を与えていくのでしょうか。


事典エイト - 新興宗教への警告 - 第1章 現代宗教の流れ