アメリカ合衆国とローマ帝国

アトランタオリンピックが閉幕した。近代オリンピック100年にふさわしく IOC加盟国すべてが参加した最大規模のオリンピックだった。主催国アメリカは 久しぶりにメダル獲得数のトップに返り咲き、世界のリーダーへの復活を印象 付けた。

もちろん、開幕直前の旅客機の墜落、アトランタのオリンピック記念公園での 爆弾テロと不幸な出来事もあった。また、大規模になりすぎたがゆえの問題点も 指摘されている。たとえば、選手、役員の輸送では時間がかかりすぎて試合に 間に合わなかった選手まででた。さらに、商業主義に徹したがゆえに 陸上競技場のトラックまで切り売りするはめになってしまった。経費節減による 宿舎の狭さや食事のまずさも問題とされた。

しかし、あれだけ大規模なオリンピックを、あれだけ世界中に見せつけられると、 やはり強いアメリカ、大きなアメリカを意識せざるをえない。依然として好調な コンピュータ関連産業や復活した自動車産業を見れば、アメリカは一時の低迷から 脱したことは確かだろう。

ところで、時々、一般書籍のベストセラーに塩野七生さんの「ローマ人の物語」が入って いる。これはイタリアに住みイタリア人と結婚した塩野さんのライフワークであり、 だいたい1年に1冊ずつ発行されている。第1巻の「ローマは1日にして成らず」から、 「ハンニバル戦記」、「勝者の混迷」、「ユリウス・カエサル ルビコン以前」、 「ユリウス・カエサル ルビコン以後」と続刊がでている。欧米人には馴染み深い ローマ史だが、日本人にはあまり馴染みがない。カエサル(シーザー)が少しは 知られている程度であろう。

この「ローマ人の物語」は塩野さん独特の読みやすさのためか、この種の書籍としては 珍しくベストセラーを続けている。もちろん、徹底して原資料を検討する塩野さんの姿勢も 評価されているのであろう。彼女は以前に「海の都の物語」でベネチア共和国を描いた。 これは「日本もベネチアを見習いなさい」という彼女のメッセージでもあった。では、 「ローマ人の物語」に込められたメッセージは何か。まだ、直接、彼女の書いたものを 拝見していないが、恐らく、「アメリカの未来を知るにはローマ史を勉強しなさい」 ということだと思われる。

ローマははじめ王制からスタートしたが紀元前509年から共和制に移行した。 徐々にイタリア半島全域に勢力を伸ばすと、その頃、地中海を支配していたカルタゴと 争い、最終的にカルタゴを滅ぼして地中海全域に勢力を広げた。その後、ポンペイウスが ユーフラテス川以西の中近東地域を屈服させ、カエサルがガリア(今のフランス)と ヌミディア(今のアルジェリア)などを制圧し、彼の暗殺後、養子のオクタビアヌスが クレオパトラのエジプトを滅ぼして、地中海沿岸からライン川、ドナウ川以西の ヨーロッパとユーフラテス川以西の中近東を含む大帝国が誕生した(紀元前27年)。

オクタビアヌスは共和制の枠組みの中で実質的な帝政を実施していたが、その後、 徐々に制度的にも共和制は崩れていった。5賢帝の時代(96ー180年)には ローマ帝国の領土は最大となり、パクスローマナ(ローマの平和)が実現された。 しかし、3世紀になると皇帝の座をめぐる権力闘争が激化し、ゲルマン民族や ササン朝ペルシャによって国境が犯されるようになってくる。4世紀になると コンスタンティヌス1世がキリスト教を国教とし、新首都を現在のトルコの イスタンブールに建設した。

そして395年にはローマ帝国は東と西に分裂し、西ローマ帝国はゲルマン民族の 大移動の中で476年に滅亡した。一方、東ローマ帝国はビザンティン帝国として イスラム勢力の侵攻の中で生き続け、11世紀の後半にはベネチアの助けを借りて かなりの失地を回復した。しかし、ベネチアと対立したことから国力は低下し、 ついに1453年オスマントルコによって首都コンスタンチノープルは占領され、 古代ローマは完全に消滅した。

さて、アメリカ合衆国はまだ帝政にはいたっていない。また、合衆国という名前が示す ように各州の自主性がかなり尊重されてもいる。しかし、これだけ通信輸送のための 手段が発達すると、世界は狭くなり、したがって中央集権性を強めなくてはならなく なる。一方、アメリカが強くなればなるほど他国、他の民族は圧迫される。最近の 日米交渉も、以前のように理想論を前面に掲げるのではなくて、アメリカの国益追求の 姿勢が強まってきている。このようなアメリカの姿勢が、今は爆弾テロとなって アメリカに降りかかっているのだが、いずれ大きな戦乱へと発展するかもしれない。 その苦境の中からカエサルのような人物が出てくるのであろうか。

いずれにせよ、われわれは、ローマ帝政下で反乱を繰り返して祖国から追放された ユダヤ人の二の舞にだけはなりたくないものである。


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