ロシアはどこから南下するのか

9月にはアメリカが2度の攻撃をイラクのサダムフセイン政権に加えた。 理由はイラクがクルド民主党(KDP)を軍事的に支援して、クルド愛国 同盟(PUK)をアルビルやスレイマニアといったイラクのクルド人 居住地域の主立った年を制圧したということだ。

湾岸戦争の結果、北緯36度線以北のクルド人居住地域と北緯32度以南の シーア派住民の居住地域の上空をイラク軍機が飛行することが禁じられた。 しかし、イラク国内における地上部隊の行動に対して明確な禁止を求めた 安全保証理事会決議などは存在しない。

従って、アメリカの覇権に警戒心を持っているロシアやフランスは、今回の アメリカの軍事行動に対して賛成していない。イギリス、日本、ドイツなどの アメリカと共同歩調をとっている国々だけだ。

しかし、トルコは10日も前からイラク軍のアルビル侵攻を予測しており、 CIAがこのことを知らなかったはずはない。とすれば、アメリカは より強い軍事行動によってイラクとKDPの軍事作戦を事前に阻止することも できたはずである。しかし、結果として、PUKは駆逐され、アメリカの ミサイル攻撃もほとんど役に立たなかった。 南側の飛行禁止空域が1度北側へ拡張されたのが、アメリカの唯一の「戦果」 である。

では、なぜアメリカは強い軍事行動を取らなかったのか。そもそも湾岸戦争で 完膚なきまでに敗れ去ったサダムフセインはいまだにイラク大統領にとどまって いるのは何故か。

その答えはロシアにある。ソ連は崩壊したが、ロシアがなくなったわけではない。 現在はエリツイン大統領の病気ということもあって、政治も経済も混沌とした 状況ではあるが、ロシアが大国であることにはかわらない。ただ、東ヨーロッパ諸国への 影響力がほぼなくなり、バルト海沿岸3か国がソ連から離れてしまったのは 大きい。

軍事評論家としてテレビ出演も多い江畑謙介氏が書かれたアメリカの軍事戦略にもあるように、現在の世界では経済発展をとげるためには海外貿易が不可欠 である。そして、ロシアは国土が北に位置するために海外貿易のための港が 少ない。特に冬場でも砕氷船なしに使える不凍港が少ない。それでは大きな経済発展は 望めないから「遅かれ早かれ、再び露骨な南下政策、あるいは暖かい海を求めての 戦略を発動するだろう。これはロシアの政体がどんなものであれ、必ず向かう 方向である。」

では、ちょっとロシアの政策担当者の立場にたって考えてみよう。テーマは どこから南下するのが得策か、である。

まず西から検討してみる。フィンランドからスウェーデン、ノルウェーと 進むのはどうか。ロシア帝国の時代からスウェーデンとは戦いをしてきた。 しかし、この地方は山や湖が多く守りやすく攻めにくい地勢であり、 スウェーデンは中立国ではあるが、いまだに軍事大国である。また、 ノーベル賞とかかわりが深いために、ここを攻めると国際社会の猛反発が 予想される。そもそも、たとえ不凍港を得たとしても、バルト海か 北海を閉鎖されたらお手上げだ。

リトアニアなどのバルト沿岸諸国はどうか。この3か国には、まだ共産党の 組織が残っており、共産党系が政権に復帰した国もある。しかし、これらの 国はロシア人とは人種や風俗を異にしており、必ずしも親ロシアとは 言えない。また、バルト海が閉鎖されたらお手上げである。さらに、 この方面への進出はドイツを中心とするEU諸国の 軍事的な介入を引き起こす可能性が高い。

ルーマニア、ブルガリア方面から旧ユーゴスラビア諸国を経てアドレア海に 出る道はどうか。このバルカン半島は人種のるつぼと呼ばれるほど 多くの人種が複雑に入り組んで居住している。それが旧ユーゴ紛争の1つの 原因でもあった。しかし、セルビア人以外はロシア人と同じスラブ民族では なく、ロシア正教や共産党の勢力も概して弱い。また、アドレア海の反対側は イタリアであり、旧ユーゴ紛争と同じくアメリカやEU諸国の軍事介入を 招く危険性が高い。さらに山岳地帯が多く大規模な陸軍の移動には困難が 伴う。

トルコはどうだろう。ウクライナはソ連から離れたが、ロシア共和国の 領土はいまだに黒海に面している。いずれ黒海艦隊も再建されるだろう。 しかし、クリミア半島はウクライナ共和国の領土であり、ウクライナを 味方につけないことには大規模な軍事行動は困難だが、スターリン時代の 大飢饉と大粛正の記憶が残っており、ロシアへの警戒心は強い。 また、トルコ軍の力も侮れがたく、地中海に配置されているアメリカの 空母機動部隊も敵にまわさなければならない。

中央アジア方面から南下するのはアフガニスタン紛争でこりている。 山岳地帯でゲリラ戦をやられると点と線を維持するだけで 手いっぱいになってしまう。また、部族間の対立も激しいので、 ある部族を懐柔してかいらい政権を樹立しても、なにかの拍子に 内戦状態になってしまう。海に出るまでにロシアは疲弊しきって しまうだろう。

モンゴルあるいは満州方面から中国か朝鮮半島に進出するのはどうだろう。 今のように中国共産党が支配している間は困難だが、共産党政権が 崩壊して、中国国内が内戦状態になれば、つけこむ隙はあろう。 ただ、アメリカや韓国、そして日本の軍事介入を招く危険性が 高い。特に世界最精鋭のアメリカ第7艦隊を敵にまわすには 相当の覚悟が必要だろう。

日本では極東ソ連軍が北海道に侵攻することを本気で心配して いたようだが、そこまでロシアは馬鹿ではない。 日本の島には確かに不凍港がいくらもあるが、ロシア本国とは 陸続きでないのだからまったく無意味である。 中国や朝鮮半島へ進出するための橋頭堡としての戦略的価値は あるが、最新装備の日本軍(自衛隊)や在日在韓米軍や第7 艦隊と直接交戦しなければならない。占領したところで 資源に乏しく、アメリカなどは海上封鎖をするだろうから、 現在のように日本が貿易でかせぐこともできなくなる。 日本列島防衛のための戦力だけを浪費することになりかねない。 それくらいなら、内モンゴルあたりから北京、天津方面に 進出した方がまだしも得る所は多い。もちろん、中国が 弱体化したらの話だが。

カスピ海からイラン経由でペルシャ湾へ抜ける道もある。バクー油田は アゼルバイジャン共和国に属しているが、いざとなったら接収して 燃料の補給源とすることも可能だろう。また、イランも有数の産油国 であり、もし、ペルシャ湾まで達することができれば先進諸国の のど元に短刀をつきつけたようなもので、ロシアの影響力は圧倒的に 強くなる。また、この地域はアメリカから見れば地球の反対側であり、 短時間に大部隊を送るのは困難な地域である。さらに、イスラム諸国と キリスト教徒のアメリカやEU諸国との関係は必ずしもうまくいって いないし、イスラム諸国間の抗争も激しいので、つけこむ隙は大いにありそうだ。

ただし、本来ロシアの中の自治共和国であるチェチェンが独立を 宣言してロシアと軍事衝突しているのはご存知の通りである。現状は、 軍事的にはむしろチェチェン軍の方が優勢であり、チェチェン問題を 解決しなければ、イラン侵攻など夢にすぎない。また、本当にロシア軍が この地域に侵攻すれば先進各国やイスラム諸国が一致団結して対抗する だろう。

従ってロシアは、まずは平和的にイランに接近して影響力の強化を はかることになる。これはイランにとっても必ずしも利益となら ないものでもない。イランの第1の仮想敵国はアメリカだからだ。

だからこそ、アメリカはイラクをつぶせないし、イラク国内に陸軍を 派遣して、この地域の住民を敵にまわしたくないのである。来るべき イランとの戦い、さらに将来にあるかもしれないロシアとの戦いの 時に、現地住民の支持を取り付けたい、というのがアメリカの意図 である。今回の軍事行動は、イラク人をできるだけ敵にまわさないで、 なおかつクルド人の独立を支援するというアメリカの立場を示した ものだが、軍事的、外交的に合格点だったか どうかは判断のわかれるところであろう。


リステルホテルズのお得情報配信!リステル@倶楽部会員募集中!! R-Hotel-text

事典エイト

今月の国際情勢